バスク旅行記⑤ シードラ醸造所
スペイン語はおろかバスク語などまったくお手上げの私たちにとって、宿泊先のホテルのフロントスタッフは、まさにコンシェルジェであり、辞書であり、観光案内所であり、予約請負人であり、私たちがやりたいことを実現するためになくてはならない方々でした。
そもそも、なぜサンセバスチャンが美食の街として世界中に鳴り響いているかというと、人口の割にミシュランの三ツ星レストランが多いからというのが理由の一つで、バスク地方全体には、二ツ星も一ツ星も含めると、レベルの高いレストランがたくさんあるのだそうです。
サンセバスチャン初日、雨の中の街歩きから戻った私たちは、観光地であるサンセバスチャンですら英語がほとんど通じないことを悟り、作戦会議をしました。
と言っても、フロントのお兄ちゃんに頼むことのリスト作り、聞き方を練習しただけのことですが。
サンセバスチャンには3泊の予定ですから、やりたいことを計画通りにこなしていかないと、あっという間に時が過ぎてしまいます。そこで、私がどうしても行ってみたいと思っていたシードラ醸造所でのランチと、夫が所望していた一ツ星レストランでのランチの予約をまずは頼もうということになりました。
まずは、「参考文献」のページを開いて見せながら、相談をもちかけるという感じで話かけ、
「ここのシードラ醸造所に行きたいんですよ。できたらでいいんだけど(というのは嘘で、ほとんど「絶対に!」の表情)、あさってのランチ、予約してもらえるかしら?」
と言ってみると、愛想のいいお兄さんはその場で受話器を持ち上げ、私たちが伝えた電話番号にかけてくれたのです。
あっという間に予約完了。
もう一つのお願いごとの方は夫が頼み、こちらも難なく予約OKでした。
念願のシードラ醸造所へ
2月4日、朝起きると、晴れています。ビューティフル・モーニング! この日はビッグランチが控えているので、運動もかねて、旧市街の市場などをうろついて食材ハンティングに出かけました。午前9:30ごろで5℃。
写真で見ると、日差しが強いような気がします。晴れれば、気温以上に暖かく感じたものです。
信号機が、歩行者と自転車用を兼ねているのが面白かった。
このあと、美しい太陽は徐々に姿を消し、あっという間に雨降りに逆戻りしてしまったのです。
シードラ醸造所にはタクシーで。行先を書いた紙を見せたら、一発で分かってもらえました。バスターミナル横の私たちのホテルからは15分程度でしたから、旧市街からだったらプラス10分もみれば十分でしょう。
徐々に雨足が強くなってきて、到着するころは本降り。幹線道路をはずれて横道に入り、どんどん農道みたいな細い道を進んでいくと、雰囲気がよくなってきて、気持ちが高まる、高まる。
はい、着きました。
中にはこのような巨大な樽がたくさん並んでいます。「オラ!」と大声であいさつすると、奥の方から愛想のいいお兄ちゃんが出てきてくれました。彼は英語がまあまあ出来るので、ゆっくりなら十分会話ができます。
いきなり、「ほら」と手渡してくれたのがこれ。
いやん、果実酒ですよ。彼のファミリーが経営するこの醸造所の製品は、日本でPRしたことがあり、そのときに作ったラベルだそうですが、いきなりの日本語で笑いました。もちろん、このボトルから飲んでもいいんですが、やっぱり樽から直接グラスに注いでみたい! 下の写真の赤い服の彼が、愛想のいいこの醸造所の息子ミケルです。
こうやって、わざわざ下の方にグラスを置いて、勢いよく出てくるシードラをキャッチするんです。みんながみんな上手にキャッチできるわけじゃないし、栓をあけたりしめたりするときにはどうしても少しは下にたれてしまいます。屋内にただようアルコール分を感じさせる芳香をかぎながら、「こりゃ、床には大量のシードラが染み込んでいるな」と想像しました。
いよいよランチ
樽の放列のセクションの隣には、またもや大量のテーブルが並んでいます。
テーブルセッティングもちょっと変わっていますねえ。
キッチンがすぐ近くに見えるのですが、この「巨大」な肉をグリルして出してくれるというんです。ちなみに、メニューは決まっているので、あれこれ選べず、「本日の定食」を出された順番に食べていきます。
この肉は、地元産ではなく、ドイツから輸入(っていうのかな?)していると聞きました。
「突出し」的なポジションで出てきたのが、シードラでソテーしたチョリソー。少しさわやかな味になっていて、軽い驚きと共に、おいしくいただきました。
すぐに続いて、タラの入ったオムレツ。一体、卵いくつ使ったの?と聞きたくなるボリュームです。
そして、今度はタラの上に大量の炒めたピーマンと、またもやタラを使ったトマト味の煮込み料理です。このピーマンがなぜか、ものすごく美味しかったのです。
そろそろ私はお腹いっぱいに近くなったころ、ステーキが焼き上がりました!
お皿が置かれた瞬間、ドン、と音がしましたよ。
焼き具合はこんな感じ。
大胆な料理なはずなのに、塩加減も焼き加減も絶妙。塩に興味を持った私は、食後にキッチン担当の人に見せてもらいました。
特殊な塩なのかどうか、ミケルに通訳してもらって聞いたのですが、見せてもらったパッケージは、その辺のお店でふつうに売っているもの風な感じでした。岩塩ではなく海塩。ふつうの食材がこんなにおいしいこと自体、やはり、美食の町になる素地があるんですねえ。
もちろん、食事の間でも、ミケルのお父さんが
「チョーチ!」と声をかけてくれて、「お代りに行こうぜ」と合図してくれるたびに、私たちは交代でシードラをグラスに継ぎ足しにいったのです。だから、どんどんどんどん酔っ払っていきました。
もうこれ以上食べらんない!と席を立とうとしたら、「デザートがあるよ」と言われ、再び席へ。そこに運ばれてきたのが、こちらです。
チーズの上にクルミが乗っていて、一緒に食べるとこれまた美味! そして、茶色っぽく映っているこんにゃくみたいな物体は、リンゴを固めたゼリーのような食べ物です。これは、後日、町の市場でもスーパーでも売っていましたし、ホテルの朝食にも、チーズと並んで置いてありました。
私たちは昼間っからそんなにはお酒を飲めないのですが、それでもかなりいただきました。基本的に飲み放題なので、ランチ1人30ユーロ(税込)はすごくお得だと思います。
昔は近所でもリンゴがとれたのでしょうが、今ではフランス産を使っています。そして、1種類だけで作ってみたり、二種類を混ぜてみたりと、隣の樽と材料が違っている場合もあるんです。そして、そのブレンドの内容は、ミケルは知らなくて、お母さんが教えてくれたのです。
シードラそのものは、とてもバスク的な飲み物で、スペインのほかの地域ではあまり消費されていないというのが、ミケルの説明です。だから、日本で見かけたら、レアものですので、ぜひ、飲んでみてください。
日本進出の話題は地元でもニュースになったそうで、新聞か雑誌の記事が貼ってあり、そのことを指摘したら、ミケルもお父さんもうれしそうでした。
ランチやシードラももちろん堪能したのですが、この家族の温かい雰囲気がすごく良かったです。素朴で真面目であったかくてーー私たちはその後も町の中で、多くのウルトラ親切なバスク人に会うことになるのです。町から車でわずか15分、旅の始まりとして最高のショートトリップでした。帰りのタクシーも、もちろんミヶルに呼んでもらいましたとさ。おみやげに、「果実酒」を1本いただいて。