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郵便とリアルでトラベルライフ

旅が大好き! Postcrossingを始めてからハガキで世界旅行。楽しいよ♫

ITと海外旅行

日本語ボランティアで組合せになった中国人留学生から、印象に残る話を聞きました。

インターネット電話でいつでも中国に電話できるので、日本という「外国」にいる気がしない。ホームシックもありません。

何ということでしょう! 私の学生時代は、ひとたび外国に行けば、高価な国際電話なんかおちおちかけられず、悠長に手紙を出したものです。

そして、そのことに、特別、不便を感じなかったように思います。

基本的に日本と“断絶”されるーー外国に行くということは、そういうことだったのですから。(だから、「外国」などという言葉があるわけでしょう?)

翻って、今の時代は、「今すぐ」「ビジュアルつき」「音声あり」のコミュニケーションが当たり前になりすぎていて、リアルな距離を実感する機会が奪われてしまっている、ということなのかもしれません。

せっかく遠くまで来ているのに、その事実を実感できないなんて、気の毒です。

便利になったことには利点もあるけれど、失うものも多いですね。

私の学生時代、インターネットなんてありませんでしたから、近くに日本人がいない限り、日常的に日本語と接することすら、ままなりませんでした。「日本語が通じる心地よい世界」と断絶されるしかなくて、否が応でも現地に溶け込むしかなかったのです。辛かったけれど、そのことによって少しずつ成長できたようにも思うのです。

そもそも、海外の情報そのものが少なかったから、疑似体験しないまま現地に赴いたことで、デジャブとも無縁でした。

私にとって海外に行くことはそういうことだったのですが、先の中国人は、ネットでさんざん日本のことを見てきたので、初めて来た日本なのに、新鮮味が乏しいと言っていました。

いつでもどこでも、母国とつながることが可能になった現代において、異文化にどっぷりつかるためには、もう、インターネットを手放すしかないんでしょうか? 

さらに、海外旅行のお作法もガラッと変わりましたね。

最低でもスマホは持参。一日に何度もメールをチェックし、へたすればブログを書いたりSNSで発信したりしちゃうわけですね。出張ならいざ知らず、プライベートで異文化体験に出かけたはずなのに、置いてきたはずの日本語の世界とつながり続けるというのは、いかがなものなんでしょう。